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話題のガラ・コンサートを観てきた!~ライブ・リポート

コンサートレポート

左からレミー、エマニュエル、ジョエル、アレクサンダー

数年後に振り返ったら、恐らく自分は、ハープ史上においてとてつもない現場に居合わせたことになるのではないか。素直な感想である。2024年5月15、16日と、「銀座十字屋創立150周年記念ガラ・コンサート」を体験し、正直言って、いま感動と困惑が混在している。“とてつもない現場”とは、王子ホールに舞い降りた4人のトップ・ハーピストたちが、世界最高レベルのハープ音楽を演奏したというだけに留まらず、いわば「ハープの万博」を繰り広げた2日間だった。全く個性の異なる4人の演奏を比較することで、起こり得る未来ではなく、確実に来ることが分かっている未来を、自分は観てしまった。体験前と後では、まるで違う。出演順に、詳細を追っていこう。

先頭をきったのは、アレクサンダー・ボルダチョフ(以降、サーシャ)。来日回数も20を超え、日本ではお馴染みになりつつある。サーシャは、たぶんハープをユニバーサル・ランゲージ(世界共通語)にすることで、自らの音楽の伝播を模索しているようだ。彼は必要ならば、飛び道具であろうが、禁じ手だろうが、何でも使う。世界各地に赴けば、ご当地ソングを弾くのも忘れない(今回は、スーパーマリオやファミマのメロディまで流れた)。ジャンルを超えた選曲や垣根を超えたコラボレーションも厭わない。アコースティックとエレクトリックの境界線すらも設けない(エレクトリックハープのハープeは、機械不良で聴けなかったけど、また今度ね)。何でもありがサーシャの持ち味。今回の演奏で、数年前の演奏と明らかに違ったのは、聴き手とのコミュニケーションを重視した内容であったことだろう。故郷のロシアゆかりの曲を超絶テクニックで弾いて、「どんなもんだい」としたり顔をするサーシャではなく、常にハープを介して聴き手と対話する姿があった。喧伝から浸透へ。相変わらずの練習魔。戦地の故郷からの脱出を経て、人間的にも成長したバカテクである今のサーシャに、今後の死角は見えない。

今回、最も衝撃的だったのが、レミー・ヴァン=ケステレンだったと思う。サルヴィの新作エレクトリックハープ、エレクトラを恐らく世界最速で実際のライヴで使用、エフェクターを駆使して、ハープの概念を覆す音楽を披露した。もはや従来のハープ音楽ではなく、ハープがツール化され、自分の音楽を表現する際に最も手慣れた楽器としてハープを用いているようにさえ映る。これを、US国際コンペの優勝者であり、恐らくハープの上手さでいえば、本来は4人中トップであろうレミーが率先して殻を破ってきているのに、戦慄と畏敬すら覚えた。まさかクラシックの箱である王子ホールが、ハープによってクラブ化される日が来るとは。全て自作曲でどこかパット・メセニーの音楽のようでもあり、ひょっとしてレミーは、すでに単なるハーピストの範疇ではなく、作曲も含めたトータルな音楽家としての道を歩み始めているのではないか。

ハーピストが最も聴きたいであろう選曲で勝負したのが、ジョエル・フォン=ラーバーだろう。いわゆるハープ曲を中心としたセレクションだったからだ。「モルダウ」「コロラド・トレイル」など、ヨーロッパで彼が名声を得るに至ったゆかりの曲は序盤にもってきて、最後は「エフゲニー・オネーギン」で締めた。自信のプログラムを持ってきたのだろう。初来日ながら、大きな印象を残した。実力を推し量るには十分な流れで、実力の8割くらいで弾いていたように思う。まだまだ多くの引き出しがありそうで、今後が楽しみだ。彼が選び抜かれた4人の中に抜擢された理由もよく判る。素養に加え、積み重ねた研鑽と練習の成果が形になった正統派と見受けたからだ。ハーピストがまず目指すべきは彼である。

今回、エマニュエル・セイソンが、大トリを務めた。高い技術をひけらかすでもない、奇を衒うわけでもない。それなのに聴衆のみならず、世界の巨匠たちからも人気が高い理由を、生演奏を聴いて確かめたかった。感覚的な話で申し訳ないが、それは「色気」だった。冒頭のバッハにさえ、むせかえるような香気をまとわせる。弦への柔らかいタッチ、指のはらにコンマ0秒ためて余裕を含ませる弾き方は、観る側が感情移入させる余白を十分に与えている。最後の長い「レジェンド」にしてみても、中弛みせずに長尺を聴かせるのは至難の業のはずだが、王子ホールの満員の観衆はたじろぎもせず、最後の一音までセイソンの一挙手一投足にうっとりしている。セイソンの音に包まれるのは一種の法悦であり、きっと会場も集団共鳴で官能を覚えるに違いない。強行日程のジェットラグを割り引いても、貫禄さえ湛えたステージは圧巻の一言だった。

会場の声を拾ったが、一番多かったのが「ハープがこんなにも個性的で、人によって全然違う音が出る楽器だったとは思わなかった」という声。ハープを長年演奏している人も、初めてハープを聴いた人も、きっと同じ感覚だったと思う。それだけ4人は全く違う個性であり、訳知りが聴いても新鮮さを感じた最先端のハープ音楽が溢れていたということだ。4人に尋ねたが、楽器の見本市会場やコンペの会場で過去に会ったことは何度かあったけれども、このように4人が一堂に会してソロ演奏の覇を競うという趣向は初めてだったそうだ。そして、当然ながら強い刺激となり、心の中では静かなバトルを繰り広げていたようだ。これから全員が確実に忙しくなるだろうし、4人一緒の揃い踏みはもう二度とないかもしれないが、またぜひライブで観てみたい4人だ。今も心に彼らの残響が流れている。(当WEB編集長)

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