戦争や紛争は、言わずもがな多大な損害・悲劇を及ぼす。日本は島国で、とかく平和ボケと揶揄されるほど、この手の話には疎いが、けっして他人事で済むような問題ではない。ハープ斯界も例外ではない。昨今もロシアの引き起こした戦争でウクライナが侵略に遭い、それに抗議するような形でスイスへ移住したアレクサンダー・ボルダチョフの例もある。つい心配になってしまうが、アメリカの国際コンペと肩を並べるイスラエル国際コンペも、いまのガザ紛争で今後どうなってしまうか、気が気ではない。職業音楽家は呼ばれなければ演奏会もできないし、頼まれなければ作曲だってできない。だから世情に、どうしても敏感にならざるを得ない。人の流れも、考え方をも変えてしまうのが、こうした戦争や紛争でもある。そして何より創る音楽へ多大な影響を与える。
本作は、イタリアのハーピスト、アンナ・カステラーリが、結果的に亡命者、抑留者になったハープ関連の音楽家が作った作品のみを取り上げ、ハープによって編み上げたものだ。第二次世界大戦直前に生きた作曲者たちが多くの苦難を得た。ヒンデミットは、ナチス・ドイツに睨まれて、トルコへ逃れて最終的にはアメリカへの亡命。タイユフェールは、創作的自由を求めアメリカへ。悲惨な戦争を避け、芸術的自由を勝ち取るため、彼らは「動いた」わけだ。留まっていれば、彼らは潰されたであろう。カステラ―リは、タイトルに「秘宝」と冠したが、それはけっして大袈裟でもない。サバレタのために書かれたタイユフェールのソナタ、イスラエル・ハープ・コンテストのために書かれたナトラのソナチネ、ドイツ・ロマン派の詩人ルートヴィヒ・ヘルティに触発された無言歌を取り入れたヒンデミットのソナタ。題目からして、ハープの平和で煌びやかなイメージは到底想像できない。だが、そういう状況から捻りだされたハープの芸術がどういうものかという着眼点を与えてくれる。無論、それぞれのルーツやジャンルなどは、まるで統一されてない。しかし、カステラ―リのフィルターを通じ、抑圧から生まれる芸術が見事に甦っている。現に、ヒンデミット、タイユフェール、ナトラといった名前は、今ではハープ・シーンでも重要な名跡だ。こうした強い意志を秘めた作品を作ることも、単にハープ奏者としてではなく、音楽家としては大切なアプローチであるように思う。