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名盤リワインド㉙ 夜のシャンソン〜ヴィオラとハープによる小品集/イトカ・ホスプロヴァー&カテジーナ・エングリホヴァー

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ハープは、今でこそソロ楽器という認識もあるが、つい最近までオーケストラの隅か伴奏のための楽器というイメージが付いて回っていた。歴史が古く、担い手もけっして少なくはなかったが、小回りの利かない楽器でもあり、レパートリーも乏しかった。しかし、多くのケーススタディを積んで、たとえばハープ+フルートというような理想のマリアージュが生まれたりもした。本作は、チェコの名手ふたりが、ヴィオラ+ハープというありそうでないコンビで挑んだ、小粋さを感じさせる佳作である。

この作品の背景には、ソ連の崩壊が起因する・・・と言ったら大袈裟かもしれない。チェコはご存知のように、ソ連による社会主義経済圏の中にあった。だが、親分のソ連が崩壊、自由経済の波が押し寄せ、いわゆる西側の文化も大量に入ってきた結果、音楽家たちの意識もかなり様変わりすることとなった。社会主義下によるエリート教育で育まれた音楽家たちは、例外なく腕は良かった。だが、それは今まで与えられた課題と伝統的な古典が弾ければ飯が喰えたものが、いきなり「明日からは勝手に稼げ」と言われても、立ち往生する者がほとんどだったのだ。思い切って母国を飛び出す者、地元に残って生き方を探る者・・・様々だったが、一つ言えるのは、当時のチェコ楽壇が大転機を迎えたということだ。一方で、彼らの需要は実は増加の傾向にあった。目を付けたのは西側のビジネス・サイドだ。つまり、東欧の音楽家たちはギャラが安く、腕がいい、クレジットの表記も必要ないなど、雇う側にとってはメリットが大きかったのである。ちなみに変わったケースだと、当時はカラオケの演奏などにも彼らが起用されていたこともある。これらが、母国における既成概念を打破して、色々な音楽に触れる機会が増え、今までの古い因習をゼロから洗い直す結果となった。本作の二人は、まさに東欧諸国がそんな過渡期を経たあとに、音楽を志した最初の東欧音楽家世代であり、ヴィオラとハープという大胆なチームアップも、フランス近代から現代音楽やポップスまで幅広く対応することも造作なくこなすようになり、やがて表舞台に現れたのだ。

タイトルの「夜のシャンソン」は比喩のようなもので、シャンソンの名曲を弾いているわけではない。フランスの小品を中心に、このデュオが粋な演奏を展開すると、まるで男性シャンソン歌手がピアノだけで語り歌う、渋いシャンソンのような響きに聞こえるからだろう。リッチなふくよかさとダークなバイブレーションを奏でるヴィオラと、しとやかで鈍色の輝きをまとうハープのコンビネーションは、艶やかで大人の佇まいを醸し出す。「亡き王女のためのパヴァーヌ」や「亜麻色の髪の乙女」をはじめ、今回の収録のために編曲された作品が多く収録されているのも特徴で、二人の実力を垣間見ると同時に、アンサンブルの確かさにも膝をうつ。見つけたら即買いの、ユニークなおススメ盤なのである。

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