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名盤リワインド㉔「わが祖国」~スメタナ、ドヴォルザーク、スーク: ハープ作品集/ヤナ・ボウシュコヴァ

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巷間、ハープの皇帝と呼ばれるのが、グザヴィエ・ドゥ・メストレである。では、女帝は誰かと言えば、ヤナ・ボウシュコヴァである。しかもヤナは、トップへの登龍門のひとつ1992年開催のUSA国際ハープ・コンクールにおいて、この恐ろしくタフなコンペで、なんと彼女はメストレを破って優勝している。無論、優劣をつけるとか、上位概念はどちらかなどと論ずるつもりはない。だが、ヤナの実力を証明するにはうってつけのエピソードであることに違いはない。また、女王を自称しようが誰も文句は言わないだろうに、ヤナのハーピストとしての活動は、アーティスト活動に留まらず、ロンドン王立音楽院、ブリュッセル王立音楽院の教授として後進の育成、母国チェコ・フィルハーモニーのソロ・ハーピストも務め、実にバランスのとれた充実のハープ活動をし、穏やかな人格者としても知られている。では、この素晴らしきハーピストの何を聴いたらその本質に迫れるのかといえば、本作こそがその答えになると言えるだろう。

本作は、文字通り祖国への愛を惜しみなく注いだ作品なのだが、何といっても「モルダウ」で知られるスメタナの「わが祖国」第2曲「ヴァルタヴァ」が白眉である。例えが粗暴だが、サイレンが鳴ると遠吠えする犬のように、この曲は哀愁ギトギトの曲調が大好きな日本人にとって、速攻で涙を禁じ得ない名曲である。この曲を、レパートリーにしているハーピストは少なくない。上記のメストレ、アレクサンダー・ボルダチョフなど、いずれも達人級のハーピストによって引き継がれているが、技術的にも表現的にもやさしくないこの曲、ナンバー1はヤナである。ご当地出身アーティストだから?そこまでこの世界は軟(やわ)ではない。理由は、引き継いできたその時間にある。以前、このハープライフ誌面でヤナのインタビューが掲載されていたが(同WEBライブラリーを参照)、そこでヤナ自身が語っていたのが、モルダウをハープ・ソロとして初めて弾いた(少なくともチェコ国内では)のは、ヤナの母親だったらしい。親子が自家薬籠中の曲として温め、育ててきた曲で、ヤナが長じてから演奏するようになった際、母親にそろそろ自分が演奏しても良いかとお伺いを立てたというのだ。つまり、ヤナにとってはそれだけ歴史をもった、非常に重たい意味を持つ曲ということだ。自国の悲劇と再生を期した曲想となれば、なおさらここぞという時の勝負曲であることは一目瞭然だろう。歌舞伎の世界でいえば、市川宗家に伝わる一子相伝の「睨み」芸のようなもので、あらゆる意味でヤナが他の追従を許さない曲である。ドボルザーク、スークの曲もクオリティが高いのだが、この曲の前ではさすがに露払いになってしまう。心技体の充実したヤナが吹き込んだ魂の「モルダウ」を聴く一枚なのである。

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