ハープといえば、華麗で煌めく音の波を起こす楽器というイメージがある。非日常を味わうには最高だが、日々の生活の中で常に聴きたいかといえば、そこはTPOをわきまえてということになる。会社や学校から帰ってきて、やるべきことを済ますと、音楽を聴く時間といえば、やはり夜になってしまう。かねてから、「夜にハープは、華々しすぎるなあ」と頭を掻いていた。今はなきFMラジオの城達也の「ジェットストリーム」がなぜ人気があったのか、今ならよく分かる。そんな折、すっと心に沁みてきたアルバムが本作「ナイトスケープス」なのである。
文字通り、夜の帳をテーマにしたアルバムで、ショパン、レスピーギ、フィールド、トゥルニエ、ダマーズ、そしてブリテンなどの「夜」をテーマにした曲が弾き継がれた秀作である。無論、グリッサンドと無縁というわけではないが、内省的かつ官能的でさえある、静かな炎を感じさせるのが、このアルバムの特長だ。奏者のマグダレーナ・ホフマンは、ご存知の方はむしろ少ないかも知れない。スイスのハーピストで、英王立音楽アカデミーからミュンヘン音大、チロル交響楽団/バイエルン放送交響楽団の首席ハープ奏者として頭角を表す。本作が超名門のドイツ・グラモフォンからリリースされていることで、その実力は折り紙付きと言ってよいだろう。
よくハープは、理論的にはピアノで弾けるものは演奏できる楽器というが、実際にはそのハードルはかなり高い。だが、本編のショパンなどは、ハープをピアノに寄せるのではなく、敢えて音数を抑制させることで逆に技量の光る小洒落た調べを導いている。また、彼女の本音としてはこれを弾きたかったからアルバム作ったのではと思わせるブリテンの「ハープのための組曲」は、逸品といってよい。静かで精神が研ぎ澄まされる“夜”というコーティングを予めかけておいて、リスナーのイマジネーションに予めフィルターを掛け、自分の音楽に耽溺できる環境をセッティング。そう、演奏の出来もさることながら、この作品はホフマンが仕掛けたコンセプトのセンスが名盤たらしめているのだ。