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名盤リワインド⑯ アラベスク/吉野直子

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 まさに、押しも押されもせぬという表現が合う。日本において、吉野直子という名跡は、ハープ界においては別格である。代名詞といってもいい。もちろん、本人の才能もあったのだろうが、人知れず鍛錬を続けたのが、今も国内外でハープのトップランナーである最大の理由だろうと思っている。ハープに限らず、それぞれの楽器の泰斗たちは、例外なく楽器に触れている時間が長い。そんな気配が感じられないのに、実際に凄いのが彼女の真骨頂だ。ハープを愛し、ハープに愛されたハーピストなのである。

 

 あえてデビュー盤を名盤に挙げたのは、彼女の登場があまりにもセンセーショナルで、そのイメージを今もそのままと保ち続け、吉野音楽を反芻(はんすう)する際の起点となっているアルバムだからだ。前年にイスラエル国際ハープ・コンクールで日本人として初の優勝。しかも当時、最年少の17歳。翌年メジャーレーベルのソニーからデビュー。音楽大学には進まず、国際基督教大へ進学。あくまでも噂だが、当時は今上天皇のお妃候補にも上っていたという。俄然、世間は沸き立った。この整い過ぎた前提を知ったうえで、当時このデビュー作を藪睨みし、真相を覆そうと試みても、本作の内容が整い過ぎて、誰もがその才能に脱帽せざるを得なかったというのが本当のところだろう。何と13曲のうち5曲がオリジナルだ。これ、「単なるハープ奏者ではなく、音楽家ですよ」という宣誓と証明だろう。残り8曲にわたる名曲の編曲にしても、後の演奏の見本となる典型を創り出してしまった。後年の神がかった演奏と比較すると、メリハリがあるが全体的には穏やかなアルバムで、凄みというよりは和みを感じる作風ではあるのだけれども、はたしてこれがティーンエイジャーの作るアルバムかと思うと、じわじわと天賦の才を感じてしまう。

 

 いまもリサイタル・シリーズや、他楽器奏者との共演など、デビュー以来コンスタントにハープ・アルバムをリリースし続けているのは、今や彼女くらいなものだろう。俗に「ローマは一日にして成らず」とはいうが、実はこのデビュー作において乾坤一擲の演奏を封じ込めた時点で、もう吉野の栄光に満ちた将来はすでに決まっていたのかもしれない。今も全く色褪せない記録として、誰にでも推奨できるアルバムである。

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