最も古い楽器のひとつでありながら、ハープはその本来の資質を開花させるために多くの時間と試みが費やされ、その試練は今も続いている。理論上は、ピアノ同様にメロディを紡ぎだせる楽器でありながら、オーケストラでは後方に控えている。では、逆に前に出る・・・とは、どんな楽器なのだろうか。それはおそらく「歌う」ことができる楽器であると思う。
単にソロをとったり、他の楽器をリードしたりするだけでなく、聴く者の感情に寄り添い、音楽の喜びを代弁する楽器は例外なく「歌う」。もちろん、色々な楽器はそれぞれ役割があり、「歌う」ことも構成要素に過ぎない。だが、多くの聴衆が最大公約数として求める楽器に、人々は歌心を求め、心に流れているメロディとのランデブーを期待する。ハープにも、当然この試練が課されている。アンネレーン・レナエルツは、勇敢にもオペラから題材を得た。オペラ歌手の領域を、ハープで表現したのだ。
レナエルツは、2010年頃からウィーン・フィルハーモニーの首席ハーピストとして活躍したベルギー人だ。コンペにおける受賞はゆうに20を超え、このオーケストラでの演奏を経ることで、音楽家として開花したといえる。交響曲、協奏曲、そしてオペラまであらゆる曲の演奏を経験し、中でも聴衆の人気を誇るオペラのディーヴァとしてハープを昇華させることを誓った。オーケストラの指揮者の隣でスポットを浴びる位置に相応しい楽器として、周囲の認識を得るように、自らテスティモニーを課した。ワーグナー、プッチーニ、ワルターキューネ、シュトラウス,ツァーベルなど、普段のハープ演奏ではなかなかお目にかかれないレパートリーが並ぶのは、多くの人々が感銘した歌であり、音楽劇である。とりわけ音楽の都ウィーンでは、オペラとオーケストラは不可分であり、日常でもある。高名なディーヴァたちが歌い継いだ声を、ハープに置き換える試みというのは、まさに尋常ならざる力業と言わざるを得ない。大胆といえば大胆だが、それはひとえに「ハープはここまできた」という証を、彼女なりに証明する作業であったのだろう。そして偉業の副作用として、ハープ用に編曲する才能を遺憾なく発揮することにもなった。レナエルツは、今もソロよりむしろオケとの共作や合奏によるアルバムを多く作っている。それはこのウィーンにおける経験が、彼女の半生に大きく作用したからだ。本作は、最も充実していたウィーンでの日々、ハープを意欲的に発展させようと試みた地にオマージュを捧げた作品であり、彼女の代表作である。