ハープの音色は十人十色で、同じ曲を弾いても、弾き手の個性が割と如実に出る楽器だ。選曲によっては、その人の出身国が窺い知れる場合もある。マルギット=アナ・シュスは、今やドイツを代表するハーピストの一人であるが、そんな彼女がフランス近代に挑んだら、どんな感じなのだろう・・・このアルバムは、そんな疑問に明快な答えを出す作品といえる。
ドイツは確かにクラシックの王国で、まさにそれを志す者たちのゴールのひとつだが、ことハープに関しては、それは必ずしも当てはまらない。そう、フランス近代が霊峰のようにそびえ立っているからだ。アッセルマンを筆頭に、マリー・アントワネット王妃も愛したハープとその音楽をレガシーで終わらせるのではなく、教育によって志望者を育成し、ドビュッシーなど当世最先端を往く作曲家たちの楽曲をコツコツとハープ楽曲化してきた。ノウハウを培ってきた歴史は、今では活動そのものがハープではクラシックとなり、フランスをハープ王国として確立させた。片やマルギットのように、ドイツ伝統の長い大作曲家たちの系譜を紐解き、眠れるハープ王国の建国に賛助している奏者もいる。近年では、シューベルト作品のアルバムを発表したり、明快な意図の下、精力的な活動をしており、度々来日公演も行っている。そんな若き日の彼女が弾く、フランス楽曲とはどんな内容か。ファンならずとも大いに気にかかるところだろう。
結論からいえば、彼女はまさに迎合しないアルチザンであり、ドイツ気質を芯に据えた、現在の活躍を予見できた内容といえる。制作したDENONレーベルはオーディオ会社が母体であったため、臨場感あるライブリーなサウンドが特徴だったと思う。このアルバムも全体的にエコーがかった、まるで教会で聴いているかのような音響で、今聴くといささか時代を感じてしまうのだけれど、演者の生音を聴いているような感覚は、とりわけソロ演奏ではたまらない魅力である。だがマルギットは、むしろ静謐で、原曲の良さをいかに素材を崩すことなく、コンパクトかつ的確に表現するかに腐心しているようだった。無論、彼女が不愛想で無骨な演奏に終始したというわけではない。フォーレ、ドビュッシー、ルニエ、グランジャニー、ラヴェル、アッセルマン、カプレ、トゥルニエ、ルソーといった錚々たる作家を取り上げるなら、もっと華やかに情熱的に弾いても良さそうなものだし、しかも彼女はかつてピエール・ジャメのマスタークラスに参加し、フランスものの薫陶は十分に受けているのだ。だが、あくまでも原曲至上主義、華美な表現よりも最良のサウンド、耽美的になるよりは素朴だが含蓄ある拡がり・・・そんなものを優先している様に聴こえるのである。宝石箱から金のジュエリーよりも、あえてスターリング・シルバーをチョイスするようなセンス、と思えるのだ。ドイツを背負っているといえば言い過ぎだろうが、むしろ対極にあるようなフランス近代の美しさに、ドイツ人ハーピストとして違うアングルからテイストを加えたソロ集として、記憶に刻まれているアルバムである。原盤はレーベル消滅によりもちろん廃盤になっているが、今はナクソスのライブラリーに収蔵されているので、いまも聴くことができる。