名盤という枠が相応しいか否かは、侃々諤々の議論もあるかと思う。しかし、愛聴盤から始まって、気が付いたら自分以外の誰かも礼賛していて、「やはり、これいいよね」となれば、もはや名盤と言えるのではないか。もっともさらに歳を重ねてヴィンテージの要素を加味されると、それは“銘盤”と呼称が変わるのだが。このアルバム「風と愛」は、まさに温故知新という言葉が的を射た、私家的な名盤なのである。
コンセプトは、埋もれた日本の曲の発掘。黒船来航以来、我々日本人はどうも外圧や舶来という言葉に弱い。良きものは、皆、海の向こうからという発想。ハープもご多聞にもれず外国からやってきたのだから、当然、舶来のものがいい。「おフランス、最高ざます」とフランス近代の曲をまさぐるが、当のフランス人はむしろ現代音楽やジャズの方へなびいている。そして、いつの間にか日本だけガラパゴス化しているというのは、よくあるお話。本作は、そんな空洞化した日本のハープ事情に対し、「もっと足下を見よ」と看破したアルバムだ。懐かしい曲を集めたわけではない。戦後日本は、復興を遂げる際、マイナスから伸し上がった。メディア・ミックスなどという概念などない中、あらゆるリソースが不足し、ミニマルであろうがなりふり構わず、シナジーを構築してきた。良い例が、映画だ。映画は映画、音楽は音楽・・などと言っていたら仕事は来ない。「ゴジラ」の伊福部昭、「黒澤映画」の早坂文雄、「ウルトラセブン」の冬木透といった、本来ならば音楽家一本で一家を成すほどの才人たちが、当時は映画やTVのスコアを描いて糊口をしのいだ。戦後の日本映画の評価が高かったのも、こうした才人たちが異業種からも参画し、互いに個性をぶつけあったからだ。
一方、石田一郎や雨田光平といった日本ハープの礎を築いた人々も、単なる「舶来のハープや曲の取って出し」ではなくて、いかに日本へローカライズすることが重要かを心得た仕事に腐心した。“黒船のペリー提督“となってもおかしくなかったヨセフ・モルナールも、むしろ三浦按針となって日本のハープ定着と後進育成に寄与した。本作では、こうした先人たちの隠れたる偉業を掘り起こし、黎明期の日本ハープを巡る音楽家たちが、いかに世界にも冠たる作品・業績を残してきたのかを、このアルバムで一石を投じることで表面化させたわけだ。
中村愛が全編ゼロから全てをこなしたとは思わないが、コンセプト全幅にとても意気を感じる作品であり、中村のハープの音色が、こうした絵巻物を語るにはちょうどいい塩梅の触媒になっていて、確固たる世界観にすんなりと身を投じられる。各作品を慈しむかのような語り口も好印象。個人的には、まごうことなき名盤であると思っている。
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