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編集長インタビュー:金井早苗~ジャズ・ハープはお好き?

インタビュー

※この記事はハープライフWEBから転載しています。

ハープにおいて私がジャズ・ハープを勧めるのは、単に自分がジャズ好きだからだけではない。ハープの楽器という観点から、多様性に対していかに柔軟であるかが発展の条件であるからだ。ピアノやギターを例に挙げるが、ジャンルを選ばない、操作し易いといった共通項がある。ハープ自体は包容力ある楽器だが、惜しむらくは担い手がまだまだ少ないし、担い手側にクラシックを弾くための楽器という誤認識がある。とりわけジャズは、おしゃれだが影があり、少し斜に構えた音楽であり、華やかさを演出するハープとはどこか疎遠になりがちだ。そんな中、かねてから話が聞きたいと切望していた、ジャズ・スタンダードを中心に日本のジャズ・ハープ界を牽引する金井早苗との対話が実現した。

「ジャズ・ハープって、最大の魅力と最大の難所が同じポイントにあるのですよ。具体的には、ペダルの操作かと思います」、と金井は明快に指摘してくれた。なるほど。つい膝を打った。ジャズとは簡単にいえば、スイングとブルース、この2つの要素が含まれていることが条件だ。約束されたリズムに沿って、自らが感じるブルースの律動を加味してゆく自由度の高い形態は、ある意味、クラシックとは真逆だ。さらに自由度を高め、惹きつけて止まない、しかしジャズを難しくしている、もう一つの難関要素が「即興」である。一つとして同じフレーズがない、その場で生み出される自分だけのライン。ジャズを演奏する者の存在証明であり、特権でもある。しかし、楽曲の構成上そこでペダルの多用が立ち塞がる。加えて「譜面どおりに演奏するだけでも大変なのに、その場で作曲なんて無茶だ」と思い、やる前から挫折してしまう。だが、何でもそうだが、まずはやってみなければ始まらない。予定時間の数倍に及んだ金井の熱弁を要約させてもらうと、「練習や演奏を積み重ねて自然に沸き立った内なる感情を、楽器を通じて解き放つ際、ジャズ・ハープではペダル操作こそが最難関であり、それを突き抜けると、何にも代え難い喜びが待っている」ということ。ペダルの習得には練習しかないのだが、なるほどそれと引き換えにハープにおける自己表現の豊かさと演奏の幅を得られるのは、事実だろう。

金井が、そんな難行をマスターした仙人クラスの難しいお師匠さんなのかと思いしや、これまた真逆。つい話し込んでしまう親しみ易さをもったご婦人であった。ジャズを始めたのも、自分の殻を破るためだったらしい。「モルナール先生の指導を仰ぎながら、当時はよくホテルのラウンジでのお仕事を引き受けていました。そのうち、自分の中で疑問がわいてきまして・・」。金井は、上野学園でヨセフ・モルナール氏に指導を受け、当然クラシックの素養もばっちりで、格式あるホテルで引っ張りだこになるということは、腕も確かだということなのだ。おそらく金井の抱いた疑問とは、将来への広がりに対する渇望だと思う。宴席では、演奏はあくまでBGM。金井の音楽を聴きに来ている者は少ない。現状から、いかに自分のハープに耳をそばだたせることができるか。思案してゆくうち、知り合いから「ジャズ、やってみれば?」と助言された。お父上がビッグバンド・ジャズ好きだったから、体には沁みついていた。次第にその音楽に魅せられ、決心のジャズ・クラブ通いが続き、今まで努力と実践を通じてジャズを磨いてきたのだ。意外ではあったけれど、金井のジャズ好きはむしろ後天的なのである。

思えば、自分も近所のお兄ちゃんに、「ビートルズ知っているか?」と云われ全曲制覇したら、今度は「まだビートルズ聴いているのか。マイルス・デイヴィスを聴け」などと云われて、小難しそうだと思いつつ果てはジャズの虜になった。考えてみれば、ハープとの接点も同じだった。単に喰わず嫌いで、それらの演奏を聞かなかっただけだった。金井にもそうした顧客側へのジレンマに遭っただろうし、経験からも演目をジャズ・スタンダード曲に照準を合わせている。「私はやっぱり、ジャズではスタンダードが好きですね。知っている曲が多ければ、それだけお客さんも聴き易いですし。ジャズマンで一番好きなのは、オスカー・ピーターソンなのですよ」と屈託なく笑う金井だったが、そこに彼女の常にお客本位で実践と経験からジャズ・ハープを極めてきた真骨頂がある。ピーターソンは、モダン・ジャズ屈指のテクニシャンでありながら、ピアニストとしてソングブック・アルバムもリリースし、スタンダード曲を極めた巨人。テクニックをひけらかさず、分かり易い演奏で誰からも愛されたピアニストだ。彼を手本にしている金井の演奏を聴ける機会が来たら、迷わず聴くべきだ。極上のスタンダードでジャズの聴かず嫌いを払拭してくれるばかりか、彼女が影響を受けたという女流ジャズ・ハーピストの名手ドロシー・アシュビーの往時に迫る、小粋で熟達したジャズ・ハープの妙を味わえることだろう。(聞き手=本サイト編集長)

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