※この記事はハープライフWEBから転載しています。
一昨年来日して、銀座十字屋店頭でもミニ・コンサートを開催し、かつてはウクライナで文化親善大使も務めたことがあるというヴィクトール・ハルトバヌに、現在ロシアとウクライナの戦争で暗い影を落としているヨーロッパと音楽を巡る最新の状況について聞いてみた。
―ロシア侵攻によるヨーロッパと音楽事情は、今どうなっていますか。
ヴィクトール(以下、V):ここオーストリアではむしろ、コンサートも徐々に行われるようになりました。先週はグラーツ音楽大学でヨーロッパ弦楽教師協会の第50回年次総会のスピーチし、5月にはプラハのハープ・フェスティバルで、ハープデュオでメインゲストを務めます。5月下旬にはでチェロとハープのリサイタルも行う予定です。実は数年前、キーウで対ウクライナの文化親善大使を務めたこともあり、いま私の学校ではウクライナから逃げてきた学生の積極的受け入れも始まっています。また、戦時下ではありますが、5月に再び男性ハーピストだけが集まって女性作曲家の曲を演奏し、男性女性のジェンダーと音楽の多様性に関して議論を共にする機会を持ちます。そこにサーシャ(ボルダチョフ)も参加する予定です。当然、戦争の話にもなるでしょうね。
―すでに何か実害を伴う影響が及んでいますか?
V:先日、ウクライナ大使がオーストリア政府を説得し、テオドール・カレントジスとムジカエテルナ・オーケストラがウクライナのためにウィーンで行う一連のチャリティーコンサートを中止させたというニュースが飛び込んできました。私を含め、「これは行き過ぎではないか」というのが大半の意見でした。なぜ、ウクライナ側が音楽活動まで止めようとするのか。それは、たとえばムジカエテルナでは、ロシアの政府系銀行から存続のための資金の一部を得ているためです。慈善活動で集めた資金は直接ウクライナへ行く予定だったのに、その資金はその銀行を通じてむしろロシアへ逆流する恐れがあります。一方、大人の事情を無視して慈善コンサートを強行すれば、楽団が解散の憂き目に遭うかも知れない・・・。これは、すでにアーティストへ実害が及んでいる複雑かつ象徴的な事象の一例です。
―音楽家として、いまこの戦争をどう捉えていますか?
V:アーティストが非政治的立場になることは回避できません。本人の思想とは別に、多くの偉大な芸術家とその作品はその国の誇りとなり、その国を代表するようにもなるのですから。私たちは最初から、どんな演奏機会にも感謝することを教えられるし、私もそう教えています。戦争が始まったからといってキャリアを損なわずに、貴重な演奏機会を断ることができるのは、本当にごくわずかな人たちだけなのです。政治家や兵士と違って、私たちは誰かを傷つけたり殺したりすることはない。一旦(戦争が)始まると渦中に巻き込まれてしまう。私たちが生み出しているのは芸術であり、それは国境を超えた遺産なのです。何もないところに、癒しと美しさを提供するのです。そのアーティストがどの国に住んでいるか、どの国から来たかによって変わるものではないと思います。政治的にいま音楽活動をボイコットすることは、私には何のプラス面もないと思っています。
―つまり、戦争そのものは否定するが、音楽家としてはあくまでもノーサイドであると。
V:今の紛争が始まるずっと前に私はアーティストになったわけで、仲間内で現在の戦争の是非について語るでしょうが、それは私たちの優先事項ではないし、話しをしたから何かが好転するという期待もしていません。私はこれからもキーフ滞在時にコンサートのために学んだウクライナの曲を演奏しますし、反対にロシアから脱出してくる困窮したアーティストたちに支援することに反対しません。たとえばサーシャのようなアーティストは、コロナ禍ですでに多くの経済上の苦しみを味わっている上に、今では戦争反対やウクライナ支持を明確に表明していることで、ロシアから死の脅迫さえ受けているのです。ウクライナ侵攻は、明らかに彼ら音楽家たちのせいではないのですから。いまはかつて故レナード・バーンスタインの残した言葉を、心に何度も刻み込んでいます。”これがあらゆる暴力に対する我々音楽家からの答えになるだろう。「これまで以上に激しく、美しく、献身的に音楽を作るのだ」と。”(聞き手/本誌編集長)